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第39回「奥の細道サミット」秋田・にかほで開幕 芭蕉の思いを地方創生に

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Kenji Watanabe
政治 - 31 7月 2026

俳人松尾芭蕉の「おくのほそ道」ゆかりの自治体・団体が中心となり、芭蕉の人となりや足跡について考え、交流を深める第39回「奥の細道サミット」が7月31日、秋田県にかほ市で始まった。

このサミットは、俳諧紀行文「おくのほそ道」を著した芭蕉が、江戸・深川の自宅から大川(隅田川)を船で上り、千住から出発した元禄2(1689)年から300年を契機に、昭和63年に始まった。

現在は46自治体・団体が加盟し、毎年開かれている。にかほ市象潟(きさかた)での開催は平成20年以来18年ぶりで、同市を含む23自治体・団体から代表ら約50人が参加した。

同市のホテルを会場に、7月31日はサミット総会が開かれた。令和7年度の開催地で会長を務めた福島県白河市の鈴木和夫市長は「世界に知られた芭蕉とその俳句をめぐり、サミット参加自治体・団体が一堂に会して意見交換するのは大変意義がある」とあいさつ。8年度会長のにかほ市の市川雄次市長は「松島と当時の象潟の名勝を対比するのが、奥の細道の旅の目的の一つだった。その芭蕉の思いを大切に地方創生に取り組みたい」と述べた。

続いて、令和9年度は山形県新庄市で初めて、令和10年度は宮城県松島町で2度目の開催とすることが決まった。

芭蕉は、元禄2年の旧暦6月16~18日に象潟を訪れ、「象潟や雨に西施(せいし)がねぶの花」「汐越や鶴はぎぬれて海涼し」の2句を詠んだ。

当時の象潟は、鳥海山麓の遠浅の入り江(潟)に九十九島(くじゅうくしま)と呼ぶ多くの小島が浮かび、松島と並ぶ「天下の名勝」として全国に知られていた。

しかし、その115年後の文化元(1804)年の象潟地震で地盤が最大2メートル前後隆起。入り江は水が引いて陸地化したが、現在も水田地帯に九十九島が小さな丘となって点在し、往時の景勝をとどめている。

7月31日には見学会が行われ、参加者は象潟の歴史や芭蕉とのかかわりを展示する象潟郷土資料館や、芭蕉が訪れたことで銅像や句碑がある蚶満寺(かんまんじ)、九十九島のうち同寺から最も近い駒留島(こまどめじま)などを回った。

参加した自治体・団体の代表らは、雄大な鳥海山麓に広がる緑の水田と、あちこちに浮かぶ九十九島を見渡しながら、芭蕉の足跡に思いをはせた。

東京都江東区から参加した、江東区芭蕉記念館の高橋亜弓次長は「初めて象潟を訪れ、芭蕉の気持ちに近づくことができたが、当時はこの九十九島が入り江だったとは想像できない」と感慨深そうに語った。

「奥の細道サミットinにかほ市象潟」事務局の須藤若菜さん(41)は「芭蕉が象潟を訪れたのは新暦では8月1~3日で、当初は雨だった。きょうも小雨となり、同じ季節、同じ風情の象潟を、サミット参加者に味わってもらえたと思う」と話した。

8月1日には一般公開の基調講演と記念講演が開かれる。文化庁の平沢毅主任文化財調査官が「名勝おくのほそ道の風景地と登録記念物」、二松学舎大の吉丸雄哉教授が「芭蕉忍者説とは何か」と題して解説する。また、同じホテルでは第42回「奥の細道象潟全国俳句大会」も開かれる。

参加自治体・団体は次の通り。東京都江東区、荒川区、埼玉県草加市、栃木県鹿沼市、大田原市、福島県白河市、須賀川市、宮城県多賀城市、松島町、登米市、栗原市、岩手県一関市、平泉町、山形県遊佐町、尾花沢市、新庄市、富山県高岡市、福井県南越前町、敦賀市、岐阜県大垣市、おくのほそ道ネットワーク(足立区)、中尊寺(平泉町)。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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